【治ると思っていたあの頃】子どもの難聴を受け入れるまでの心の軌跡|ドローターの障害受容の5つの段階とは

長女とうこの難聴の診断を聞いたあの日、「どうしてうちの子が?」と頭の中が真っ白になりました。泣いても泣いても現実は変わらなくて、ただ時間だけが過ぎていきました。
けれど、今振り返ると――
あのとき感じた「混乱」や「否定の気持ち」も、ぜんぶ“受け入れへの途中”だったんだと思います。
「子どもの障害を受け入れる」って、けっして一瞬でできることじゃありません。ゆっくり、少しずつ、心が整っていくプロセスなんです。
この記事では、難聴の診断を受けてから心が整うまでの「障害受容の5つの段階」と、実際に子どもの難聴を受け入れられるようになったきっかけについて、体験談を交えてやさしく解説します。
- 「障害の受容」は“前向きな再スタート”のプロセス
- 否定・怒り・悲しみなどの感情も、受容のための自然で大切な通過点
- 受け入れることは、諦めではなく「わが子をもう一度愛し直すこと」
障害受容の5つのプロセスとは?【心理学の視点から】
心理学では、障害や病気など大きな出来事を受け止めていく過程に「受容のプロセス」があると言われています。それはまるで、心が少しずつ現実に追いついていくような時間です。
1. 否認(そんなはずない)
診断を聞いた直後は、信じたくない気持ちでいっぱいになります。
「きっと検査のミス」「もう少し成長すれば聞こえるようになるかも」
そう思うのは自然な反応です。私も最初の数日間は、診断結果を何度も見返しては「本当なの?」と自分に問いかけていました。
2. 怒り(どうしてうちの子が)
少し現実が見えてくると、悔しさや不公平感が湧いてきます。
誰かを責めたい、どうにもならない気持ちをぶつけたくなる。でも、それも”心が動き出した証拠”です。
私の場合、妊娠中の自分の行動を何度も振り返っては、「あのとき、もっと気をつけていれば」と自分を責めていました。
3. 取引(何かすれば治るかも)
「毎日マッサージしたら良くなる?」「特別な療法を受けたら…?」
できることを必死に探す時期。希望と不安が入り混じります。
4. 抑うつ(悲しみ・無力感)
努力しても現実は変わらないと感じて落ち込む時期。
涙が止まらなくなる日もあります。けれど、この静かな時間こそ、心が受け止める準備をしている段階です。
育休中、とうこが昼寝している間に一人で泣いていた日々を、今でも覚えています。
「誰かに話を聞いてほしい」「でも誰に相談すればいいのか分からない」――そんな孤独な気持ちを抱えている方へ。実は、ろう学校には診断直後の親子が利用できる「乳幼児相談」という場所があります。
一人で抱え込まず、まずは専門家に話を聞いてもらうだけでも、心が少し軽くなるかもしれません。

5. 受容(今の子どもを愛し直す)
時間をかけて、「うちの子はこの子のままでいい」と思えるようになる。
“障害がある”という事実よりも、”今この子が笑っている”ことを大切に感じられるようになります。
こうした段階は、順番どおりに進むわけではありません。行きつ戻りつしながら、少しずつ”心の形”が変わっていくのです。
そして、それぞれのペースでたどり着いた「受容」は、その人だけの温かい答えになります。
【体験談】とうこの難聴を受け止めるきっかけになった出会い
上司に泣きながら相談した日
私の場合、「取引」の段階はありませんでした。医師から「治るタイプの難聴ではありません」とはっきり聞いていたので、”どうしたらいいかわからない”という混乱と、”なぜうちの子が”という怒り、そして深い悲しみの中を、ただ行き来していました。
そんな育休中のある日、職場にとうこを連れて行き、特別支援に詳しい上司に「この子、難聴って言われたんです。どうしたらいいかわからなくて…」と泣きながら相談しました。
上司はとても親身に話を聞いてくださり、仕事をやめてこの子の療育に全力を尽くした方がいいのか悩んでいると伝えたところ、こう言ってくださったんです。
「この子が大人になったときに、母親が自分のせいで仕事をやめてしまったと聞いて、果たしてその子は喜ぶだろうか?育休を3年まで延ばしてもいい。あなたのような可能性がある人がやめてはいけない」
この言葉が、私の人生の選択を変えました。仕事はやめずに育てていこうと決めました。
難聴児保護者の会・会長さんとの出会い
そして上司が、当時住んでいた県の「難聴児保護者の会」の会長さんを紹介してくれたんです。その方との出会いが私の人生を変えました。
初めてお会いした日は、上司も一緒に喫茶店でお茶をしました。会長さんはとても穏やかで、「今度、家に遊びにおいで」と声をかけてくれました。
未来を見せてくれた中学生の息子さん
数週間後、勇気を出してお邪魔すると、彼女はお子さんの小さな頃の絵日記や写真を見せながら、「こんなふうに育ててきたのよ」と話してくれました。
そのとき初めて、「ろう学校の幼稚部」という存在を知りました。
そしてしばらくして、その家の中学生の息子さんが学校から帰ってきたんです。
難聴があると聞いていたけれど、元気に動き、笑い、会話する姿を目の前で見た瞬間、胸の奥がふっと軽くなりました。
「難聴があっても、ちゃんと大きくなれるんだ」
その実感が、わたしにとって”受容”の始まりでした。
そして今、次女そらの小学校進学を考えるとき、複数の選択肢があることに、改めて「可能性は開かれている」と実感しています。

それからは、少しずつ「聞こえにくさ」を”特別な個性”のように感じられるようになり、”できないこと”ではなく、”どうすればできるか”を考えるようになっていきました。
研究で明らかになった「障害受容のプロセス」

ドローターの「障害受容の段階的モデル」(1975年)
心理学者デニス・ドローター(Dennis D. Drotar)らは、1975年に発表した論文で、先天的な障害を持つ子どもが生まれた際の親の心理的反応を研究し、段階的なモデルとして示しました。
このモデルは日本でも広く引用されており、国立精神・神経センターの中田洋二郎氏(2002)による研究でも、障害受容の過程を理解する上で重要な理論とされています。
ドローターの5段階モデル
- ショック(Shock):診断を受けた直後の混乱と現実感の喪失
- 否認(Denial):まだ信じたくない、現実を受け止めきれない気持ち
- 悲しみ・怒り(Grief / Anger):どうしてうちの子が、という強い感情
- 適応(Adaptation):少しずつ現実を見据え、行動を取り戻す時期
- 受容(Acceptance):障害のある子どもを”わが子として再び愛し直す”段階
このモデルの重要なポイント
研究によれば、これらの段階は直線的に進むわけではなく、各段階の感情が波のように繰り返したり、複数の感情が同時に起こることもあると報告されています。
実際、東京大学医学部の研究チームが難聴児の母親68名を対象に行った調査(黄ら、2001)では、診断後の母親の心理的葛藤は長期にわたって続き、一度受容したと思っても再び悲しみが戻ることがあるとされています。
「慢性的悲哀」という概念
また、障害受容研究では「慢性的悲哀(Chronic Sorrow)」という概念も提唱されています。これは心理学者オルシャンスキー(Olshansky, 1962)が提唱したもので、親が障害のある子どもを持つことによる悲しみは完全には消えず、人生の節目(入学、進学など)で繰り返し表れるという考え方です。
つまり、「受容」とは悲しみが完全に消えることではなく、悲しみを抱えながらも前に進めるようになることを意味します。
受け入れること=諦めることではない
「受け入れる」と聞くと、どこか”もう仕方ない”という響きを感じる人もいるかもしれません。
でも、本当の意味での”受容”は、あきらめではなく、再スタートです。
受容とは「可能性を信じ直すこと」
障害を受け入れるということは、「この子の可能性を、ありのままの形で信じる」こと。
聞こえにくさという現実を受け止めながら、その子らしく育っていく道を一緒に見つけていくことです。
私も、会長さん親子との出会いを通して、「難聴があっても、できることがたくさんある」「未来は閉ざされていない」ということを、実際の姿で見せてもらいました。
視点が変わった瞬間
それからは、少しずつ「聞こえにくさ」を”特別な個性”のように感じられるようになり、”できないこと”ではなく、”どうすればできるか”を考えるようになっていきました。
受け入れることは、”終わり”じゃない。むしろ、”新しい親子のはじまり“なんです。
まとめ:同じように悩む親御さんへ
とうこの難聴の診断を受けたばかりのころは、「前向きに」なんて言葉、到底信じられませんでした。
泣いて、落ち込んで、どうしていいかわからなくて。そんな日々を、私も通ってきました。
でも、泣いた日も、悩んだ時間も、全部が「わが子を想う気持ち」そのものだったんだと、今では思います。
受け入れるスピードは、人それぞれ。時間がかかっても、戻っても、立ち止まってもいい。
気づけばちゃんと、子どもと一緒に前に進んでいます。
あのとき出会った会長さんが私にしてくれたように、今度は私が、誰かの背中をそっと押せたら。そんな思いで、今日もこのブログを書いています。
もし今、診断を受けたばかりで混乱している方がいたら、どうか自分を責めないでください。悲しむことも、怒ることも、全部自然なことです。
そしていつか、「あのときの涙も、必要な時間だったんだ」と思える日が来ることを、私は信じています。
