難聴児はなぜ避難訓練が苦手?|非常ベルが“怖く感じる理由”と安心して参加するための準備

もうすぐ避難訓練、今年も大丈夫かなぁ…
避難訓練の非常ベルは、難聴児にとって大人が想像するより強く響く音です。
そのため、急に泣いてしまったり、耳を押さえて固まってしまうことがあります。
これは決して“怖がり”や“わがまま”ではなく、補聴器を通した高音の刺激が強すぎることで起きる自然な反応です。
この記事では、難聴児が避難訓練を苦手と感じやすい理由と、安心して参加するために家庭と学校で準備できることをわかりやすくまとめました。
- 非常ベルは「高音+大音量」で、補聴器を通すと刺激が強く届きやすい
- 驚いて泣いたり固まるのは、気持ちではなく“自然な防衛反応”
- 音への反応は個人差が大きく、苦手な子もいれば平気な子もいる
- 事前の説明や視覚的な合図など、小さな準備で安心して参加できる
Contents
難聴児はなぜ避難訓練を苦手と感じやすいのか
難聴児が避難訓練の非常ベルを「怖い」「つらい」と感じやすいのには、明確な聴覚的な理由があります。
これは気質や性格ではなく、“音の聞こえ方そのもの”に深く関係しています。
ここでは、苦手の背景にある3つの理由をわかりやすくまとめます。
非常ベルは「高音域+大音量」だから
学校や保育園で使用されている非常ベルの多くは、2,000〜4,000Hz(高音域)+90dB以上の大音量で鳴るように設計されています。
この帯域は、子どもが聞き取りやすいように補聴器が積極的に増幅しやすい周波数でもあります。
そのため難聴児にとって非常ベルは、
- 耳に刺さる
- ビリビリ響く
- 逃げ場のない刺激に感じる
といった強い感覚刺激になりやすいのです。
周波数Hz(ヘルツ)や音量dB(デシベル)については、こちらの記事でそれぞれ解説しています。
補聴器を通すと“刺さるような響き方”になる理由
補聴器は、小さな音=大きく、大きな音=できるだけ抑えるよう調整されています。
しかし、それでも非常ベルのような「予測できない高音+突発的な大音量」は、補聴器の仕組み上どうしても強く響きやすく、
- キーンと刺さる
- 音が頭に響く
- 痛いと感じる
- 驚きが大きくなる
といった反応につながります。
補聴器が悪いわけではなく、安全のためのベル音がそもそも強すぎるという背景があるのです。
泣いたり固まるのは自然な防衛反応
非常ベルの音に対して子どもが
- 泣き出す
- 耳を押さえる
- しゃがみ込む
- その場で固まる
というのは、情緒面の弱さでも、「がんばれない」わけでもありません。
脳が“危険な音”と判断して身体を守ろうとする反応です。
これは大人でも、突然の大きな警報音には身体がビクッとするように、ごく自然なことなのです。
避難訓練で起きやすい困りごと
難聴児は非常ベルの音による刺激が強いため、避難訓練の場面では特有の困りごとが起きやすくなります。
これらはすべて「聞こえの特性」によるもので、子どもの努力不足でも、気持ちの弱さでもありません。
ここでは、実際の場面で起こりやすい状態をまとめます。
突然の音に驚いてパニックになる
非常ベルの音は、「予測できない大きな高音」です。
難聴児はこの刺激をより強く感じやすいため、
- その場で泣きだす
- 耳を押さえて動けなくなる
- しゃがみ込む
- 先生の指示が入らない
といった“パニック反応”が出ることがあります。
これは不安感ではなく、身体が音に圧倒されて動けなくなる状態と言えます。
環境音にかき消され、先生の声が届きにくい
非常ベルが鳴っている環境では、
- 先生の声
- クラスメイトの声
- 移動の足音
- 放送の音
これらがすべてベル音でかき消されやすくなります。
特に難聴児の場合、
- 補聴器が高音を強く拾う
- 雑音の多い状況ではことばが分離しにくい
という特徴から、“声だけが聞こえない状態” になりやすいのです。
怖さで動けず、避難の動作が遅れることも
非常ベルの音による驚きや不安が強いと、
- 立ち上がれない
- 歩き始められない
- 先生と離れることを怖がる
- 固まってしまう
という反応が出ることもあります。
これは「指示を守れない」わけではなく、“音の刺激で身体がフリーズしている状態” です。
ろう学校の避難訓練はどう行われているのか?
難聴児にとって、避難訓練の非常ベルは強い刺激になりやすく、「音が怖い」「固まってしまう」といった反応が起こりがちです。
では、同じ“聞こえの特性”をもつ子どもたちが集まるろう学校では、どのように避難訓練を行っているのでしょうか?
実はろう学校には、難聴児・ろう児が安心して行動できる工夫がたくさんあります。
これらの取り組みは、安全に避難するための合理的な方法であり、一般校でも応用できるポイントが多く含まれています。
ベル音よりも「視覚的な合図」を優先する
ろう学校では、非常ベルだけに頼らず、視覚情報を中心に避難を始めます。
代表的なのは以下の合図です。
- 教員が大きく腕を振る
- 「避難」のカードやサインを見せる
- 廊下の誘導灯・指示表示を活用する
- 手話で「避難」を伝える
音に頼らず、見てわかる情報で動き出せるのが大きな特徴です。
事前説明を丁寧に行う(予測可能性の確保)
避難訓練の前に、「いつ」「どこで」「どうやって避難するか」を手話・イラストなどを使って詳しく説明します。
- 今日は訓練があるよ
- どんな音や場面が起こるよ
- みんなでこう動くよ
という予測可能性があるだけで、子どもたちの不安が大きく減ります。
先生が子どものそばを歩いてサポートする
ろう学校では“子ども一人で動く”ことは前提にしていません。
- 教員が前後に配置
- 手をつないだり、軽く背中を支えて誘導
- 小さい子は特に視覚的フォローを厚くする
など、安心して歩き出せるように寄り添う体制がとられます。
スピーカー音よりも「目で見て動ける環境」を重視
一般校では、ベル音による一斉行動が基本ですが、ろう学校では、
- 動線が分かりやすい掲示
- 視覚的サイン(赤・矢印・避難マーク)
- 手話を用いた声かけの代替
など、音に依存しない避難方法が設計されています。
これは難聴児・ろう児だけでなく、すべての子どもにとって分かりやすい環境でもあります。
一般校でも取り入れやすい工夫
ろう学校の避難訓練には、「難聴児が安全に行動できる」ための合理的な工夫が多くあります。
一般校でも、次のような方法はそのまま応用できます。
① 視覚的な合図をセットにする
ろう学校のように「見てわかる指示」を加えるだけで、難聴児が動きやすくなります。
例えば:
- 先生が手で“避難”のジェスチャーをする
- 赤いカード・矢印カードを見せる
- 廊下の誘導サインや写真カードを用意する
ベル音だけに頼らず、複数の情報源を作ることがポイントです。
② 事前説明をして“予測”をつくる
訓練前に5分だけ時間を取り、「今日は大きな音が鳴るよ」「こうやって避難するよ」と事前に知らせるだけで、苦手意識が大きく減ります。
- 写真
- 図解
- 紙芝居的な説明
- 先生の口頭+ジェスチャー
どれでも効果があります。
③ 補聴器の調整(個別対応)
避難訓練だけは、以下のような一時的な配慮が許される場合があります。
- 補聴器の音量を少し下げてもらう
- 一時的に補聴器を片耳だけ外す
- 補聴器を外しても、先生が必ずそばに付く
これは合理的配慮として一般校でも認められやすいものです。
④ 先生がそばに付き添い、動きやすい位置に立つ
ろう学校の「近くで見守る」スタイルは、一般校でも有効です。
- 先生が近くにいて目で合図
- 子どもが一人で動かないよう誘導
- パニックが出やすい子は後方・端からスタート
“見える位置に味方がいる” ことが安心につながります。
⑤ パニックが出たときの対応を事前に決めておく
- 固まったら無理に動かさない
- 落ち着いたら手をつないで移動
- 後ろのクラスに合流する
など、担任と共有しておく“ルール” があると、子どもが安心して避難できます。
トリケラ家の実体験
トリケラ家の長女とうこは、保育園に通っていた頃の避難訓練では非常ベルを特別に怖がることはありませんでした。
補聴器をつけたままでも落ち着いて参加していたようで、先生からも「いつも通り動けていましたよ」と聞いていました。
ただその一方で、避難訓練では大丈夫でも“別の大きな音”ではびっくりすることがありました。
たとえば、とうこが1歳の頃。
公園で遊んでいたときに、ちょうど近くにあった自治体の防災無線から、夕方5時のチャイムが流れてきて、そのあまりの大きさにびっくりして大泣きしたことがあります。
防災無線の根元って、大人でも「えっ!?」ってなるくらい音が大きいですよね。
あの音量なら、小さな子が驚くのも当然だなぁと思いました。
こんなふうに、“避難訓練は大丈夫”な子でも、“想定外の大音量”には驚くことがある、というのが実際のところなんだと思います。
だからこそ、その子が「どんな音を苦手とするのか」「どんな場面では平気なのか」を先生と共有しておくことが、安心につながると感じています。
まとめ
難聴児が避難訓練を苦手と感じやすいのは、非常ベルの「高音域+大音量」が補聴器を通して強く響き、“刺さるような刺激”として届きやすいからです。
泣いたり、固まったり、動けなくなるのは、決して気持ちが弱いからではなく、脳が危険な音として判断したときの自然な防衛反応です。
ただし、とうこのように「避難訓練は大丈夫だけれど、防災無線のような想定外の音ではびっくりする」というケースもあり、音への反応には本当に個人差が大きいと感じます。
だからこそ大切なのは、どんな反応が出る子なのか、どんな音が負担になりやすいのかを周囲の大人が理解し、事前の情報提供や、安心できるサポートを用意しておくことです。
「今日は大きな音が鳴るよ」とあらかじめ伝える、近くで合図をしてもらう、必要に応じて補聴器を一時的に外す──
そんな小さな配慮の積み重ねで、難聴児は避難訓練でも落ち着いて行動できるようになります。
子どもが安心して動ける環境づくりこそが、避難訓練における何よりの“合理的配慮”です。
無理なく避難訓練に参加できるよう、いろいろ工夫してみよう!






