マスクで子音が聞こえない?難聴児の聞こえが10dB低下する理由と伝える工夫6選

難聴の子どもとマスクを着けたまま会話をしてもいいのかしら…?
新型コロナウイルスの流行をきっかけに、マスクの着用はすっかり日常の一部になりました。でも、難聴のお子さんを育てるご家庭では、「マスク越しで話しかけても、ちゃんと伝わっているのかな」と不安を感じることはありませんか?
その心配は、決して取り越し苦労ではありません。
それだけでなく、口元の動きも隠れてしまうため、難聴の子どもが言葉を理解するために頼っている視覚情報が、まるごと失われてしまうのです。
わたし自身、先天性の感音性難聴をもつ長女と次女を含む三姉妹を育てる母親です。難聴っ子のママとして歩んできた年月は、今年でちょうど9年になります。コロナ禍という前例のない状況のなかで、育児や療育の現場が揺れ動くのを肌で感じながら、それでも子どもたちと一緒に一つひとつ乗り越えてきました。
この記事では、マスクが難聴のある子どもに与える具体的な影響と、今日からすぐに取り組める対策をわかりやすくお伝えします。読み終えたころには、見えない音を見せるための工夫と、言葉を育てる環境づくりのヒントが手元に揃っているはずです。
マスクが難聴児の聞こえに与える影響
マスクは、難聴のある子の「聞こえ」と「発音の学び」に大きな影響を与えます。音声がこもるだけでなく、言葉の理解に必要な表情や口の形が隠れてしまうからです。
マスクを通すと聞こえる音の大きさは10dB小さくなる
マスク着用時には、音響的な変化が生じることが複数の研究で明らかになっています。実際に、マスクをつけると高音域の音が5〜10dB程度小さくなるというデータが存在します(参考:Corey et al., 2021 – PMC)。
デシベル(dB)というのは音の大きさを表す単位ですが、10dB小さくなることは体感として音量がおよそ半分になったように感じられる変化です。つまり、マスク越しの声は健聴者にとっても聞き取りにくく、難聴児にとってはさらに大きな壁となるのです。

この図を参考にしてみると、10dB小さくなる(60dB⇒70dB)とは、普通の会話が聞こえていたのに聞こえなくなり、掃除機の音の大きさになってはじめて聞こえるようになるということです。
特に影響を受けるのは「さ」「た」「か」などの子音の聞き分けです。これらの音は、もともと高い周波数の音に多く含まれています。そして、その高い音が、マスクによって削られてしまうのです。
さらに、マスクは口の形も隠します。難聴のある子は、耳だけでなく「目」も使って言葉を学んでいます。その結果、周りの音が弱くなり、話し手の口も見えないという状態は、言葉を学ぶ途中の難聴児にとって、とても厳しい環境なのです。
難聴児の聞こえと子音との関係などについては、こちらの記事で詳しく解説しています。

口元が見えないことで起こるもうひとつの困りごと
難聴のある子は、耳だけで言葉を聞いているわけではありません。話している人の口の動きや表情、あごや唇の形といった目で見える情報も使って、言葉を理解しています。これを「読話(どくわ)」といいます。実は、聞こえに問題がない人でも、周りがうるさいときは無意識に口元を見ています。
難聴のある子にとっては、この見えるヒントはさらに大切です。音だけでは足りない部分を、視覚が補ってくれているからです。
でもマスクをすると、その口元が完全に隠れてしまいます。つまり、「マスクで音が弱くなる」「口の動きも見えなくなる」という、2つの困難が同時に起きてしまうのです。
聞こえにくい上に、頼りにしていた目からのヒントもなくなる。これが、マスクが難聴児にとって「二重のハードル」になる理由です。
言葉の学びにどんな影響があるのか

ママ見て!どうさん!

そら~、あれは「ぞう」だよ…。
コロナ禍に生まれた次女そらは、「ぞう」という発音が「どう」になります。これは5歳になった現在も変わらずです。
これは、言葉を習得する時期に「ぞ」と「ど」の違いがはっきり聞き取れていなかった、ということです。濁音と清音の区別があいまいだったのです。
幼児期は、言葉をぐんぐん吸収する大切な時期です。子どもは、
- 大人の声を聞く
- 口の形を見る
- 自分でまねしてみる
このくり返しの中で、音と口の動きを結びつけながら発音を覚えていきます。でも、マスクで口元が見えないと、正しい口の形を見る機会が減ってしまいます。
さらに、子音は高音で、もともと聞き取りにくい音です。そこにマスクで音の弱まりが加わると、
- 似た音の区別がつきにくい
- 聞き間違いが増える
- 発音があいまいになる
といったことが起きやすくなります。
音の学びがあいまいなまま進むと、あとから文字を覚えるときにも影響が出ることがあります。「音」と「文字」を結びつける力は、発音の土台とつながっているからです。
だからこそ、「聞こえにくいかもしれない」と気づいたら、早めに環境を整えていくことが大切なのです。
マスク生活での困りごと(学校や療育先)

マスク生活では、集団行動の中で言葉を正しく理解することが困難になります。補聴器をつけていても、周囲の雑音とこもった声を聞き分けるのは限界があるからです。
①集団場面での聞き取りの困難さ
保育園や療育の場は、いつもにぎやかです。子どもたちの声、おもちゃの音、椅子を引く音…。
この中で先生の声だけを聞くのは、聞こえに問題がない子でも意外と大変です。難聴のある子にとっては、さらに難しくなります。しかもマスクで口元が見えない。
その結果、
- 先生の指示を聞き逃す
- 朝の会の話が分からない
- 活動の説明が途中で抜ける
といったことが起きることがあります。
周りの音も一緒に大きくなります。その中から、マスクで少し小さくなった声を聞き分けるのは、とても難しいのです。
②会話のタイミングと集中力の問題
会話は、言葉だけで成り立っているわけではありません。
- 目が合う
- 表情が変わる
- 体がこちらを向く
こうしたサインから、「今、話しかけられている」と分かります。でもマスクで表情が見えにくいと、話しかけられていること自体に気づきにくくなります。
その結果、
- 返事が遅れる
- 会話に入りづらい
- タイミングがずれてしまう
といったことが起こります。
集中力が続かなくなるのは、努力不足ではなく、環境の問題でもあるのです。
③療育現場での工夫と限界
コロナ禍での次女そらの療育では、先生がマスクをしており、そらが戸惑う場面がありました。ていねいに話しかけてくれているのに、口元が見えない。そのため、せっかくの言葉のモデルが十分に伝わらないことがあったのです。
個別の指導だからこそ、本当は「口の形を見て理解する」時間がとても大事。でも、その大事な部分が隠れてしまっていました。
そのため、療育先の工夫としてフェイスシールドを使うこともありました。たしかに、普通のマスクに比べて口元は見えるようになります。
音も弱くなり、口元も見えにくい。その環境は、想像していた以上に厳しいものでした。
この経験から強く感じたのは、言葉は「耳だけ」で学ぶものではないということ。音と、目から入る情報。その両方がそろって、はじめて理解につながるのだと実感しました。
しかし、療育先に不満があったわけではありません。コロナという未知の病原体が迫ってきているという恐怖の中、子どもたちと個々に向き合い、試行錯誤しながら、難聴児たちの療育の機会をなくさないように療育を続けてくださった先生方には、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。
マスク生活の中でも今すぐできる伝わる工夫6選!

マスク生活を経験した今、聞こえやすい環境は自然にできるものではなく、意識して作るものだと感じています。聞こえるというのは、耳だけの問題ではありません。
声の大きさだけでなく、表情・口の動き・視線・その場の静けさなど、さまざまな要素が合わさってはじめて「伝わる」になります。だからこそ、少し立ち止まって、どうしたら聞き取りやすくなるかを考えることが大切なのです。
①正面からはっきり・ゆっくり話しかけること
特別な道具がなくても、できることがあります。いちばん大切なのは、正面から、はっきり話すこと。これだけでも、聞き取りやすさは大きく変わります。
具体的には、いきなり話し始めず、まず名前を呼んだり肩にそっと触れたりして注意を向けることから始めましょう。そのうえで、子どもと目の高さを合わせ、長い文章は短く区切り、大事な言葉はもう一度くり返します。早口にならず、口をしっかり開けて一語ずつはっきり発音することも欠かせません。
そして、意外と見落としがちなのが「周りの音」の問題です。テレビがついたまま、換気扇が回ったまま、人の声が重なった状態では、聞き取りは一気に難しくなります。
そんな環境づくりも、立派なサポートです。ちょっとした意識の違いが、「聞こえた」「分かった」につながります。
②毎日の声かけに小さな工夫を重ねること
我が家では、一時的にマスクを外して口元を見せたり、話す前に名前を呼んで注意を向けたりしています。家族間では感染リスクを考慮しながら、可能な範囲でマスクを外すことも時には必要です。
また、口頭と視覚的な方法を組み合わせて大事なことを複数の手段で伝えることも効果的です。家族全員が難聴への理解を深めて協力体制を作り、子どもが聞き返しやすい雰囲気を日ごろから育てておくことも大切です。
聞き返すことを恥ずかしがらせない空気が、子どもの安心感につながります。さらに、一日の終わりに出来事を一緒に振り返る時間を設けると、その日聞き逃した情報を自然に補うことができます
③「見える」伝え方を取り入れること
療育先で出会ったご家族は、かばんに入る小さなホワイトボードを持ち歩いていました。子どもが「なんで?」「どういうこと?」と聞いたとき、その場で絵を描いたり、ひらがなで書いて示したりして、目で見える形にして伝えていたのです。
これはとても理にかなった方法です。聞こえた音をそのまま理解するのが難しいなら、「音」を「見える情報」に変えてあげればいいのです。言葉だけでは伝わりにくい時間の感覚や気持ちの説明、ルールの説明なども、絵や図にするとぐっと伝わりやすくなります。
スマホやタブレットのメモ機能で筆談したり、イラストカードや絵カードを使ったり、手話やジェスチャーを取り入れたり、予定表や視覚スケジュールを見せたりと、方法はひとつではありません。
透明マスクもそのひとつです。口元が見えることで、口の形や表情からのヒントが戻ります。大切なのは「音だけ」に頼らないこと。伝え方をひとつ増やすだけで、子どもの理解はぐっと広がります。
④園・学校・地域に理解してもらうこと
難聴のあることを周囲にどう伝えるか、そのひとつの方法が「耳マーク」です。耳マークは「聞こえにくさがあります」というサインで、身につけていることで、言葉で説明しなくても配慮をお願いしやすくなります。
子どものかばんやヘルメットに貼ったり、先生にカードを見せて説明したり、お店や公共施設で配慮をお願いするときの目印にしたりと、さまざまな場面で活用できます。毎回いちから説明しなくてもいい、という安心感も生まれます。
もうひとつ大切なのが、園や学校との連携です。クラスのみんなに年齢に合わせた言葉で「聞こえにくさ」について伝えてもらうと、顔を見て話してくれたり、ゆっくり言い直してくれたり、困っていたら助けてくれたりと、自然なサポートが生まれることもあります。
理解してもらうことは、特別扱いを求めることではありません。一緒に過ごしやすくするための、前向きな一歩なのです。この考え方を合理的配慮といいます。合理的配慮とは何か、その基本の考え方については、こちらの記事で詳しく解説しています。

⑤聞こえやすい環境を整えること
物理的な環境を整えることも重要です。
音が反響しにくい、カーテンやカーペットのある部屋を選ぶことも効果的です。また、毎日多くの時間、体に身に着けて過ごす補聴器や人工内耳は、定期的なメンテナンスと調整を欠かさないことも大切です。
そして今は、デジタルの力も使えます。音声をその場で文字にしてくれるアプリ、ビデオ通話の字幕機能、録音してあとから文字に起こせるアプリなど、こうしたツールを使えば「聞こえなかった」をそのままにせずにすみます。
テクノロジーは特別なものではなく、聞こえを助ける道具のひとつです。うまく取り入れることで、子どもが受け取れる情報の幅はぐっと広がります。
⑥「伝えたい」という気持ちを大切にすること
正解のコミュニケーションなんて、きっとありません。でも、「この子にはどうしたら伝わるかな?」と考え続けることが、何より大事だと思っています。
子どもが聞き取れなかったとき、すぐに怒ったりあきらめたりするのではなく、言い方を変えてみる、口元や文字で見せる、ゆっくりもう一度伝えるといった小さな工夫の積み重ねが、「ちゃんと向き合ってくれている」という安心につながります。それが、親子の信頼関係を育てていくのだと思います。
これはわがままではありません。自分の困りごとを伝える大切な力です。この力があると、学校でも、社会に出てからも、自分を守ることができます。伝える工夫をすること、そして伝えてもいいんだと教えること。その両方が、これから先を生きていく力になっていくのです。
難聴児の言語発達を支えるために知っておきたいこと
マスク問題を超えて、難聴児の言語発達を長期的に支えるために、保護者や支援者が知っておくべき基礎知識があります。
聴覚と言語発達の関係
言語習得には「臨界期」があるとされています。
難聴があると、以下のような影響が生じる可能性があります。
- 語彙獲得の遅れ(聞こえない言葉は習得できない)
- 文法理解の困難(助詞や語尾などの聞き取りにくい音素の理解)
- 発音の不明瞭さ(自分の声も聞こえにくいため、発音の自己修正が困難)
- コミュニケーション意欲の低下(伝わらない経験の積み重ねによる)
しかし、早期発見と適切な介入により、これらの困難は大きく軽減できることが研究で示されています。新生児聴覚スクリーニングの普及により、生後間もない時期からの支援開始が可能になっており、早期に補聴器や人工内耳を装用し、言語療育を受けることで、健聴児と変わらない言語発達を遂げる子どもも増えています。
多様な支援方法の選択肢
難聴児の支援方法は一つではなく、子どもの聴力レベル、家庭環境、本人の特性などに応じて選択されます。
主な方法として以下があります。
- 聴覚口話法:補聴器や人工内耳を活用し、聴覚を最大限に活用して音声言語を習得する方法
- 手話法:手話を第一言語として習得し、コミュニケーションの基盤とする方法
- トータルコミュニケーション:音声、手話、指文字、読話など、あらゆる手段を組み合わせる方法
- バイリンガル法:手話と音声言語の両方を母語として習得する方法
どの方法が最適かは個々の状況によって異なり、また途中で方針を変更することも可能です。
保護者の心理的サポートの必要性
子どもの難聴が判明したとき、多くの保護者はショックや不安を経験します。「なぜうちの子が」「将来どうなるのか」「自分の育て方が悪かったのか」といった思いに苦しむこともあるでしょう。わたしもそうでした。
しかし、保護者の心理的な安定は子どもの発達に直接影響します。
そのためには以下のような支援を活用しましょう。
- 同じ立場の保護者同士のピアサポートグループ
- 専門家による心理カウンセリング
- 難聴児を育てた先輩保護者との交流
- 正確な情報と具体的な支援方法の学習機会
孤立せず、情報とサポートのネットワークにつながることが、保護者にとっても子どもにとっても大きな力となります。
子どもの障害受容の5つのステップについては、こちらの記事で解説しています。

まとめ|伝えようとする気持ちを大切に
難聴のある子にとって、マスクはとても大きな壁です。しかし、その壁はなくすことはできなくても、低くすることはできます。
マスクで音がこもり、口の動きが見えなくなる。それは、そらを見ていてもはっきり感じた“二重のハードル”でした。けれど、正面からゆっくり話す、名前を呼んでから伝える、文字や絵を添えるなど…。そんな小さな工夫を重ねるだけで、子どもの表情はちゃんと変わります。
耳マークを使うことも、わたしは前向きな選択だと思っています。「配慮してください」とお願いすることは、弱さではなく、わが子の環境を整えるための行動です。
完璧な方法なんて、きっとありません。でも、「どうしたら伝わるかな?」と一緒に考える時間そのものが、子どもとの信頼を育てていくのだと感じています。
マスク生活で見えた困りごとは、実はマスクがなくても、難聴のある子が日々感じてきたことでした。だからこそ、音だけに頼らない伝え方「表情、視線、文字、ジェスチャー、手話」がとても大切であり、いろいろな伝わる手段が当たり前になる社会になってほしいと願っています。

手話や指文字、ベビーサインはマスク生活で大活躍するんだよ!
マスク生活の中でも心強い味方になる手話については、別の記事でまとめています。よかったら、そちらもあわせて読んでみてくださいね。

