難聴児の言い間違い? 「しよなのに、しおって書いてあるよ」5歳で気づいた言葉のズレ

今日はトリケラ家の子育て日記回だよー!
ある夜の食事中、ふりかけの「ごましお」を見たとき、トリケラ家の次女そらがこんなことを言いました。

このふりかけ、『しよ』なのに、『しお』って書いてあるよ!
一瞬、かわいい言い間違いだと思いました。
でも、よく見ると少し不思議そうな顔をしていて、こう続けたのです。

あれ?『しお』なの?
そらは最近、ひらがなが少しずつ読めるようになってきました。
そのタイミングで初めて、「しお」という言葉を文字として見て、自分の中の理解とズレていることに気づいたようでした。
次女そらは5歳。
中等度の感音性難聴があります。
日常会話は成立していて、これまで「塩」という言葉も普通に使ってきました。
だから私はずっと、「しおだとわかっているけれど、発音できていないだけ」そう思っていました。
でも、この一言をきっかけに、それは本当に“発音”だけの問題だったのか?
そんな疑問が、頭をよぎるようになったのです。
- 難聴児の言い間違いは、発音ではなく理解の違いから起きることがある
- 文字が読めるようになることで、言葉のズレに気づくことがある
- 視覚支援は、確認のために使ってこそ意味がある
「しお」を「しよ」だと思っていた理由
そらにとって、「しお」はずっと身近な言葉でした。料理のときも、食事のときも、普通に出てくる言葉です。
意味はちゃんと通じていたし、「しよ」と言っても困ることはありませんでした。今振り返ると、
- 音としてはそう聞こえていた
- でも意味は文脈で理解できていた
- だから修正される機会がなかった
そんな状態だったんだと思います。
間違って覚えた、というより、そらなりに、理解してきた結果だったのかもしれません。
ひらがなが読めるようになって、ズレに気づいた
今回の出来事で大きかったのは、ひらがなが少し読めるようになったことでした。
「し」「お」を、一文字ずつ追って見ることができたことで、今まで音だけで理解していた言葉を、目でも確認できるようになったのです。
それで初めて、
「しよじゃない」
「お、なんだ」
と、自分で気づいた。
誰かに直されたわけじゃなく、そら自身の発見だったことが、私はとても印象に残っています。
「発音できていないだけ」だと思っていた
正直に言うと、私はずっと「発音の問題」だと思っていました。「しお」だとわかってはいるけど、まだうまく言えないだけ。そのうち言えるようになるだろう、と。
でも今回のことで、「本当にそうなのかな?」と、立ち止まるようになりました。
言えていないだけなのか、そういう音だと思っているのか。意味が通じていると、その違いって、なかなか見えません。
だからこそ、「わかっているはず」と決めつけずに、一度ちゃんと確かめてみる必要があるのかもしれない、そう感じました。
指文字をもっと使っていたら、違ったかもしれない
この出来事があってから、何度も頭に浮かんだことがあります。
もし、もっと小さい頃から、指文字を使って一文字ずつを「音」として丁寧に確認していたら。「し」と「お」を、視覚でもはっきり区切って見られていたら。
もしかしたら、「しよ」だと思うことはなかったかもしれません。
難聴児に視覚支援が大切だということは、頭ではずっとわかっていました。実際、指文字のポスターをトイレの壁に貼って、毎日声に出して見ることもしていました。
でも、貼ってあるだけ、見ているだけ、それで「使えている」つもりになっていたのかもしれません。忙しさや、難しさを理由に、日常の会話の中まで落とし込めていなかった。そこは、正直な反省です。
難聴児と指文字の関係については、こちらの記事で詳しく書いています。

まとめ
今回の「しよ」の出来事は、楽しい話ではないけれど、見過ごさずに気づけてよかった出来事だったと思っています。
「わかっていると思っていた」「発音の問題だと思っていた」その前提を、一度立ち止まって見直すきっかけになりました。
ひらがなが少し読めるようになった今だからこそ、そら自身が「おかしい」と気づけたこと。今なら、まだ一緒に確認できること。
そう考えると、ここからできることは、まだたくさんある気がしています。
この出来事をきっかけに、他の言葉についても、少しずつ考えてみようと思いました。また気づいたことがあったら、その話も、続けて書いていくつもりです。

これからは、ひらがなを書いて見せて、正しい言葉に訂正していくことをやってみるよ!
