子どもが難聴と確定診断されたあと|不安の中でわたしが前を向くまで【最終話】
「お子さんは難聴です。」
ABR検査のあと、そう告げられた日。診断がついたのに、心は少しも軽くなりませんでした。
これで何かがはっきりすると思っていたのに、実際に待っていたのは、「これからどうしたらいいのかわからない」という不安でした。
難聴が確定したあと、私は毎日のように情報を探しました。検索しては、立ち止まり、読んでは、また不安になる。正解が欲しかったわけじゃない。ただ、「この先に進んでいい道があるのか」を知りたかっただけだったと思います。
この第3回では、子どもが難聴と確定診断されたあと、不安の中にいた私が、少しずつ前を向けるようになるまでのことを正直に書いていきます。
同じように、今まさに不安の中で立ち止まっている誰かに、「ひとりじゃない」と伝えられたらうれしいです。
間違いでしたと言われると思っていたABR検査の日
ABR検査の日、私はどこかでこう思っていました。
「やっぱり間違いでした」
「大丈夫ですよ」
そう言われるんじゃないか、と。
新生児聴覚スクリーニングで引っかかって、そのあとも検査が続いて、不安な時間は確かに長かったけれど、心のどこかでは「最終的には大丈夫って言われる」そう信じようとしていました。
だから、「難聴です」と確定診断を告げられたとき、頭が真っ白になりました。
診断がついた、というよりも、期待していた言葉がどこにもなかった、という感覚に近かったと思います。
これで安心できるはずだった。これで終わるはずだった。でも現実は、終わるどころか、何もわからないところに立たされたような気持ちでした。
先生の話を聞きながら、理解しなきゃ、受け止めなきゃ、と思っているのに、心はずっと「違いますって言われるはずだったのに」という思いから動けずにいました。確定診断の日は、前に進む日ではなく、立ち止まってしまった日でした。
検索する言葉が、不安に変わっていった

確定診断を受ける前、私が検索していた言葉は、どこか現実から逃げるようなものでした。
「新生児聴覚スクリーニング 間違い」
「難聴 間違い」
「難聴 聞こえていた」
今思えば、“間違いだった”という言葉を探していたのだと思います。まだ、現実を受け止めきれずにいました。
でも、ABR検査で確定診断を受けてから、検索する言葉は一気に変わりました。
「難聴児 将来」
「難聴 治る」
「難聴 保育園 入れるか」
そこにあったのは、希望ではなく、とにかく不安でした。
先のことが何ひとつ想像できなくて、少しでも手がかりが欲しくて、必死に検索を続けていました。
私が本当は知りたかったのは、同じ立場の親の話でした。健聴の親が、難聴の子どもをどのように育てて、どのような毎日を過ごしているのか。どんなことで悩んで、どうやって前に進んでいったのか。
でも、検索して出てくるのは、当事者の方の発信が多かったのです。たとえば、デフサポのユカコさんのように、難聴当事者として発信されている方の言葉は、とても力強く、参考になるものばかりでした。
けれど、わたしが欲しかった、「親として、難聴がある子をこれからどう育てていけばいいのか」という視点の体験談が、なかなか見つかりませんでした。
健聴の親が、難聴の子どもを育てる日常。その“途中の姿”が見えなかったことで、未来がまったく想像できず、不安だけが膨らんでいったのだと思います。
それでも、目の前の子どもは変わらなかった

不安な言葉ばかりを検索して、頭の中がいっぱいになっていた頃。私の目の前にいる長女は、変わらず、そこにいました。
私の顔を見て、「お母さんだ」とわかるように、にこっと笑ってくれる。
聞こえていないのかもしれない。それでも、喃語で一生懸命、たくさん話しかけてくれる。
泣いていても、私が抱っこすると、すっと泣き止んでくれる。
その姿を見たとき、胸の奥で、はっきりとした気持ちが生まれました。このままじゃ、ダメだ。
不安に飲み込まれて、スマホの画面ばかり見て、未来ばかりを怖がっている自分のままでは、この子の前に立てない。
聞こえているかどうかよりも、今、この子は、私をちゃんと「お母さん」として見てくれている。そう思った瞬間、不安が消えたわけではないけれど、立ち止まり続けている自分から、少しだけ離れられた気がしました。
目の前の子どもは、今日もちゃんと生きている。その事実が、私を現実に引き戻してくれたのだと思います。
ちゃんと知って、残したいと思うようになった

長女の姿を見て、「このままじゃダメだ」と思ったあと、私の中で、もうひとつ気持ちの変化がありました。
不安を消したい、というよりも、この状況を、ちゃんと理解したい。そして、この時間を、なかったことにしたくない。そう思うようになったのです。
検索して、調べて、少しずつ知ることが増えていく一方で、心のどこかに、「この気持ちは、きっと今だけのものだ」という感覚がありました。
時間が経てば、忘れてしまうかもしれない。慣れてしまえば、当たり前になってしまうかもしれない。
でも、今この瞬間の戸惑いも、迷いも、不安も、全部、確かにここにあった。だから私は、ただ知るだけでなく、記録として残しておきたい、と思うようになりました。
同じように、子どもの難聴がわかって、何を信じたらいいのかわからず、ひとりで悩んでいるお母さんがいるかもしれない。あの頃の私が、どれだけ「同じ立場の親の話」を探していたかを、思い出したからです。
正解を教えたいわけじゃない。
前向きな言葉を押しつけたいわけでもない。
ただ、こんなふうに迷っていた親がいたこと。こんなふうに悩みながら、毎日を過ごしていた家族がいたこと。それを、ちゃんと残しておきたい。いつか、誰かに届くかもしれない形で。
そう思うようになったのです。
検索していた私が、書く側になるまで
ちゃんと知りたいと思うようになってから、私はずっと、同じことをしていました。それは、検索することです。
同じように悩んだ親はいないか。
少し先を歩いている家族はいないか。
健聴の親が、難聴の子どもを育てる日常はどんなものなのか。
不安になるたび、答えを探すように、私は検索を続けていました。
だから、この経験を残すなら、私自身が何度もたどり着こうとしていた場所に残したいと思いました。検索して、迷って、立ち止まっている誰かが、ふと行き着ける場所に。
立派な情報じゃなくていい。正解じゃなくていい。ただ、同じように悩んでいた親がいたこと。その途中の記録を。
もし、あの頃の私が、こんな記事に出会えていたら。
「ひとりじゃなかった」と思えたら。
それだけで、少し呼吸がしやすくなっていた気がします。だから私は、この経験を、ブログという形で残すことにしました。同じように悩みながら、検索してここにたどり着いた誰かに、そっと届くことを願って。
まとめ

子どもの難聴がわかってから、私はずっと、答えを探していました。このブログは、そんな時間の中から生まれました。
もし今、不安で検索を繰り返して、ここにたどり着いたのだとしたら。このブログは、一気に答えを見つける場所じゃなくていいと思っています。
わからないときに、立ち止まりたいときに、
「あ、同じところで悩んでいた人がいる」
そう感じられる場所として、使ってもらえたらうれしいです。
このブログには、いくつかのシリーズがあります。今の気持ちや、知りたいことに合わせて、どこから読んでも大丈夫です。
- 難聴児の育児体験談を読みたい方は「難聴児育児体験談シリーズ」
- 難聴の基礎用語や考え方を知りたい方は「難聴知識シリーズ」
- 難聴の「なぜ?」「どうして?」を整理したい方は「難聴疑問解決シリーズ」
- 難聴児育児で役立ったアイテムを知りたい方は「難聴児グッズシリーズ」
全部を順番に読む必要はありません。今、気になるところだけ拾ってもいいし、読むだけで終わっても大丈夫。
そしてもし、「自分の気持ちも、どこかに残しておきたい」そう思う日が来たら。
ブログじゃなくても、メモでも、日記でも、ほんの数行でもかまいません。言葉にして残すことは、思っている以上に、自分を助けてくれます。わたしのように一緒にブログを書く側になってみてもいいかもしれません。
このブログを読みながら、「自分も書いてみようかな」と思った方へ向けて、ブログ運営についてまとめた「聞こえラボ運営ノート」というシリーズもあります。
答えを持っていなくても、迷いながらでも、その途中の記録には、ちゃんと意味がある。
これからもこのブログは、そんな「途中」の人が、自分のペースで立ち寄れる場所であり続けたいと思っています。
